特 別 寄 稿 〜

土壌・地下水汚染のリスク管理のあり方



産業技術総合研究所
地圏資源環境研究部門
研究グループ長
 駒井 武
駒井 武 プロフィール
1957年 埼玉県生まれ
1979年 東北大学工学部卒、のち同大学院中退
1981年 工業技術院公害資源研究所研究員
1992年 工学博士(九州大学)
1993年 米国ロスアラモス国立研究所客員研究員
1995年 資源環境技術総合研究所
               化学物質安全研究室長
2001年 独立行政法人 産業技術総合研究所
      地圏環境評価研究グループ長
      現在にいたる

  日頃から土壌環境センターの皆様にはたいへんお世話になっております。ここ数年では、環境省の土壌・地下水対策技術関連の検討会、地下水・土壌汚染防止対策の研究集会、MNA部会など、親密なおつきあいをさせていただきました。特に、昨年6月につくば市で行われました「第9回地下水・土壌汚染とその防止対策に関する研究集会」では、幹事長という大役を仰せつかりましたが、何とか成功裏に納めることができました。この影には、土壌環境センターの方々が事務局として手弁当によるご支援をいただいたことがあります。この場をかりて、厚く御礼申し上げます。今年の7月には第10回の研究集会が実施される予定ですので、引き続きよろしくお願いいたします。
  さて、昨年2月に土壌汚染対策法が施行されてから早いもので1年が経過しましたが、土壌汚染問題の情勢や社会的な認知度もだいぶ変化してきたように思います。まずは法規制の実施により、土壌汚染対策の基本的な枠組みが定まり、問題解決の一歩として順調なスタートが切れたことは有意義でした。先の研究集会においても、ここ数年で最多の研究発表や参加者があり、浄化技術や汚染の調査・評価に関して活発な意見交換がなされました。ただ、学術分野と自治体関係者の参加が少なかったことに多少の課題が残りました。今後、研究者、浄化企業、行政、ひいては市民のような様々な視点から、このような環境問題を考え、議論を深めることが問題解決の糸口となりそうです。
  土壌・地下水汚染に対処するにあたり、土壌汚染とはなんぞや?のような基礎的な研究から、地質調査、浄化技術などの技術的な側面、リスクコミュニケーションのような社会的な側面まで、幅広い対応と技術の革新が求められています。このような観点から、土壌汚染問題では自然科学と社会科学の融合、水・大気環境との多媒体間輸送、汚染の調査・評価・管理手法の統合といったジェネリックな対応が必要と考えます。それぞれの専門家が個々の専門性を高めると同時に、全体としてのシステムをどのように管理していくかをみきわめる汎用性も要求されるのではないでしょうか。つまりは、環境問題の正しい理解と合理的な対応が可能な専門家とジェネラリストの育成がますます重要となってきます。
 このような全体システムを評価・管理していく上で有効な方法論が、リスクの分析です。土壌・地下水汚染問題に対するリスク管理のアプローチを図1に示します。一元的な管理基準にとどまらず、人に対する健康影響の程度を客観的に表すことができる環境リスクの考え方を基本とします。これにより、さまざまな環境施策の意思決定や経済評価も可能となるので、合理的なリスク管理が行えます。特に、工場や事業所などの自主管理に

図1 土壌環境におけるリスク管理のアプローチ
おいて有効な方法と言えます。初期のスクリーニングでは、資料等調査や地質調査を行うにあたり、汚染源やメカニズムに関する科学的な知見が最も重要です。土壌汚染の性状、汚染物質の特徴、物性および毒性、自然的原因との識別など、環境工学、環境地質学、地盤工学、分析化学など広範な分野融合による本格研究の実施が重要と考えます。これを踏まえて、より詳細な調査を行うわけですが、現場での簡易化学分析、化学形態や存在形態の解明、モニタリング手法や探査法、汚染調査・評価の方法論などの技術的な検討が必要です。以上の調査に基づいて個々のケースでリスクの分析を行いますが、曝露量の推定をもとにしたリスク評価のプロセスが重要です。その結果、許容できるリスクレベルを超過した場合には、曝露のコントロールが必要となります。すなわち、各種のオプションによる主要な曝露経路の遮断、何らかの変更による曝露量の低減が有効な手段となります。このような各プロセスを繰り返し実施することにより、全体としての曝露とリスクを低減させ、環境的そして社会的なベネフィットを生み出すことがリスク管理の目的と言えます。今後、リスク評価の方法論を具体化して、誰でも操作可能な汎用の評価システムを開発していくことが責務かと思います。私どもは、表層土壌から土壌間隙、地下水への汚染物質の移動、大気や水との分配を科学的に検証し、曝露とリスクの評価を行えるコンピュータプログラムを開発しています。図2にその概要を示しますが、今後このような評価システムを広く普及させ、土壌・地下水汚染問題の合理的なリスク管理に役立てたいと考えております。
  ここで、土壌汚染問題の解決に向けての課題について、簡単に私見を述べてみたいと思います。まずは、現場主義です。法制度やガイドラインのような普遍的な管理基準に加えて、現場の調査や監視をベースとした一品料理的な対応も必要です。現場の汚染状況や特性をよく把握し、適切な評価や対策を実施することが肝要です。次に、土壌や地下水といった媒体の特殊性をふまえ、何が本質的な問題であるのか、その結果どの程度のリスクがあるのか、さらにリスクの低減や回避の方法はあるのかなど、現場の視点でみきわめることが基本です。

図2 土壌汚染リスク管理のための評価システムの開発
(産業技術総合研究所)
この意味から、物質毎、状況毎に影響評価点(エンドポイント)を明確にすることが基本です。また科学的な地質調査、汚染評価を進める上で、方法論の標準化という視点が重要と考えますので、わが国でも世界標準的な指針やマネジメントシステムの構築、各種の認定制度や登録制度の確立が必要です。土壌含有量や溶出量のバックグラウンド値を調査して、土壌汚染評価基本図を作成することも重要です。社会的な側面では、情報の公開はもとより、利害関係者間のコミュニケーションが重要です。大規模な土壌浄化を行う場合では、市民、行政、事業者、浄化企業などによる参加型事業(事前協議、監視、評価)とすることで、よりスムーズな浄化活動が期待されます。さらに、費用対効果の高い浄化対策として、低コストあるいは低環境負荷の浄化技術の開発が求められます。汚染物質、汚染の程度、浄化目標などに応じた適切な浄化手法の選択も重要です。特に、汚染の程度が軽微な場合では、微生物や鉱物作用といった自然減衰による浄化策も長期的対策のオプションとなり得ます。
  土壌・地下水の汚染は、古くて新しい問題といえます。重金属の汚染はおそらく人類の歴史にはじまり、最近ではダイオキシン類やPCBのようなホットな話題まで、様々な変遷と対処がなされてきました。今後も、多くの英知を結集してこの問題に対処できれば、明るい将来が見えて来るのではないでしょうか。環境問題は、経済やエネルギー問題と表裏一体とも言えます。技術的な課題にとどまらず、社会的な側面も含めて広い視野から全体をみわたすことも重要と考えます。以上、まとまりのない散文となってしまいましたが、何かのご参考になれば幸いです。土壌環境センターのますますの発展を祈念いたします。